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バットマンの宿敵ジョーカー。
これまでに、ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレット・レトなどの名優がジョーカーを演じて来ましたが、今作ではホアキン・フェニックスが、23キロもの減量をし、鬼気迫る迫真の演技でこの役柄を演じており、本年度のベネチア国際映画祭では金獅子賞を受賞し、オスカー受賞も視野に入っているという話題の作品です。
ゴッサム・シティに住む、心優しき男アーサーは「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」と言う母の言葉を胸に、貧しい生活の中、母親を介護し、さらには笑ってはいけない場面で笑ってしまうという心の病と闘いながら、ピエロの姿で大道芸人の仕事をし、やがてはコメディアンになり成功することを夢見て日々を過ごしていました。
貧しい者は社会保障システムの予算を削られどんどん底辺へと落ちていく中、富める者はさらに富・名声・権力を築いていく貧富の差。街角で強盗に襲われているなど困っている人がいても、周囲の人々は見て見ぬふり。信じていた人の裏切り。歪んだ格差社会の中で弱者に降りかかるいじめとも思える様々な仕打ち。
社会の不条理や理不尽さに抑圧され続け、やがては、周囲の人々から見ると、「自分が悲劇だと思っていたことは、実は喜劇だったんだ」という思いに行き着き、ついには悪のカリスマ「ジョーカー」へと変貌していく、善良であった主人公アーサーの姿を現実と妄想を織り交ぜながら丁寧に描いたヒューマンドラマは、現実世界でも起こり得るかもしれない社会問題を描いています。
本作のドット・フィリップス監督は、マーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」、「キング・オブ・コメディ」の影響を受けていると公言しているそうですが、その2作品の主人公であった名優ロバート・デニーロが重要な役どころで共演している事も見逃せないポイントです。
アメリカでは、2012年の「ダークナイト・ライジング」公開時に映画館で銃乱射事件が発生している事から、日米同時公開となる10月4日の「ジョーカー」公開日には、ロス市警と米軍が警戒態勢に入り、映画館の警備が強化されるという社会現象まで引き起こしているという問題作。
「ダークナイト・ライジング」は「バットマン」と言う「善」を描いた作品なのにもかかわらず、事件が発生してしまったのですから、「悪」を描いた「ジョーカー」では警戒態勢を取ることは、避けられない事なのかもしれません。
ストーリー、ホアキン・フェニックスの演技共に強い印象を残す作品でしたが、個人的には共感を得る事が出来ませんでした。悪のカリスマ ジョーカーを描いているのですから当然ですが、希望や救いと言った光が見いだせない救い難い悪を描いた内容だったからです。
唯一の光は、ある悲劇に見舞われながらも、悪の道へは進まず、やがて、ゴッサム・シティにはびこるジョーカーを含めた「悪」と戦う「正義」となる、幼き日の「彼」が劇中に少しだけ登場していた事です。